一番最近読み終わった本は,ちくま新書の現代語訳 学問のすすめ.モノホンはここにあるけど達筆過ぎる.青空文庫のヤツは予め読んでおいた.以下,カッコいいトコロ.
日本とても西洋諸国とても同じ天地の間にありて、同じ日輪に照らされ、同じ月を眺め、海をともにし、空気をともにし、情合い相同じき人民なれば、ここに余るものは彼に渡し、彼に余るものは我に取り、互いに相教え互いに相学び、恥ずることもなく誇ることもなく、互いに便利を達し互いにその幸いを祈り、天理人道に従いて互いの交わりを結び、理のためにはアフリカの黒奴にも恐れ入り、道のためにはイギリス・アメリカの軍艦をも恐れず、国の恥辱とありては日本国中の人民一人も残らず命を棄てて国の威光を落とさざるこそ、一国の自由独立と申すべきなり。
[日本といっても,西洋諸国といっても,同じ天地の間にあり,同じ太陽に照らされ,同じ月を眺めて,海を共にし,空気を共にし,人情が同じように通い合う人間同士である.こちらで余っているのものは向こうに渡し,向こうで余っているものはこちらにもらう.お互いに教え学びあい,恥じることもいばることもない.お互いが便利でいいようにし,お互いの幸福を祈る.「天理人道(天が定めた自由平等の原理)」に従って交わり,合理性があるならアフリカの黒人奴隷の意見もきちんと聞き,道理のためにはイギリスやアメリカの軍艦を恐れることもない.国がはずかしめられるときには,日本中のみなが命を投げ出しても国の威厳を保とうとする.これが一国の独立ということなのだ.]
しかるに無学文盲、理非の理の字も知らず、身に覚えたる芸は飲食と寝ると起きるとのみ、その無学のくせに欲は深く、目の前に人を欺きて巧みに政府の法を遁れ、国法の何ものたるを知らず、己が職分の何ものたるを知らず、子をばよく生めどもその子を教うるの道を知らず、いわゆる恥も法も知らざる馬鹿者にて、その子孫繁盛すれば一国の益はなさずして、かえって害をなす者なきにあらず。かかる馬鹿者を取り扱うにはとても道理をもってすべからず、不本意ながら力をもって威し、一時の大害を鎮むるよりほかに方便あることなし。これすなわち世に暴政府のある所以なり。
[学問がなく,物の道理も知らず,食って寝るしか芸がない人間がいる.無学のくせに欲は深くて,ぬけぬけと人をだまして,法律逃れをする人間がいる.国の法律がどのようなものかということも知らず,自分の仕事の責任というものも果たさず,子どもは生むけれども,その子どもをきちんと教育するというやり方も知らない.いわゆる,恥も法も知らないバカ者である.その子孫が繁栄したとすれば,この国の利益にはならず,かえって害をなすものとなろう.このようなバカ者は,とても道理をもっては扱えない,不本意ではあるけれども,力でおどし,一時の大きな害をふせぐほかにやり方がないということになってしまう.これが世の中に暴力的な政府がある理由である.]
今試みに英国に行き、「ブリテンの独立保つべきや否や」と言いてこれを問わば、人みな笑いて答うる者なかるべし。その答うる者なきはなんぞや、これを疑わざればなり。しからばすなわちわが国文明の有様、今日をもって昨日に比すればあるいは進歩せしに似たることあるも、その結局に至りてはいまだ一点の疑いあるを免れず。いやしくもこの国に生まれて日本人の名ある者は、これに寒心せざるを得んや。
[いま,試しにイギリスに行って「イギリスは独立を保っていけますか」と聞いてみたところで,人々は笑って答えないだろう.なぜか.誰もそのことを疑ってなどいないからだ.とすると,わが日本の文明のようすは,今日の状態を昨日に比べれば,まあ進歩したと言えるかもしれないが,結局のところ,まだ疑いが完全になくなったわけではない.日本に生まれて日本人の名を持つものなら誰でも,この状況を心配しないではいられないだろう.]
商売勤めざるべからず、法律議せざるべからず、工業起こさざるべからず、農業勧めざるべからず、著書・訳術・新聞の出版、およそ文明の事件はことごとく取りてわが私有となし、国民の先をなして政府と相助け、官の力と私の力と互いに平均して一国全体の力を増し、かの薄弱なる独立を移して動かすべからざるの基礎に置き、外国と鋒を争いて毫も譲ることなく、今より数十の新年を経て、顧みて今月今日の有様を回想し、今日の独立を悦ばずしてかえってこれを愍笑するの勢いに至るは、豈一大快事ならずや。学者よろしくその方向を定めて期するところあるべきなり。
[商売にはつとめなくてはならない.法律は論じなければならない.工業は興さなければならない.農業は勧めなければならない.著述,翻訳,新聞の発行,およそ,文明の事業は,ことごとくわが手に収めて,国民の先を行き,政府と助け合い,官の力と民間の力のバランスをとり,一国全体の力を増す.この力の薄弱なる独立を,不動の基礎を持った独立へと移し変え,外国と争っても少しも譲ることはない.そうして今より数十年後の新年を迎えて現在の様子を振り返ってみたとき,今日の独立のようすを評価して喜ばず,むしろその程度の低さに哀れむようであれば,これはなんと愉快なことではないか.学者は,その方針をしっかり定めて,覚悟を決めて臨まねばならない.]
今の学者はこの人物より文明の遺物を受けて、まさしく進歩の先鋒に立ちたるものなれば、その進むところに極度あるべからず。今より数十の星霜を経て後の文明の世に至れば、また後人をしてわが輩の徳沢を仰ぐこと、今わが輩が古人を崇むがごとくならしめざるべからず。概してこれを言えば、わが輩の職務は今日この世に居り、わが輩の生々したる痕跡を遺して遠くこれを後世子孫に伝うるの一事にあり。その任また重しと言うべし。
[いまの学生は,これらの人物より文明の遺産を受けて,まさしく進歩の最前線にいるのだから,その進むところに限界を作ってはいけない.いまより数十年後,後の文明の世では,いまわれわれが古人を尊敬するように,そのときの人たちがわれわれの恩恵に感謝するようになっていなければならない.要するに,われわれの仕事というのは,今日この世の中にいて,われわれの生きた証を残して,これを長く後世の子孫に伝えることにある.これは重大な任務である.]
それから,翻訳モノはどうしても著者の威光があるもんだし,そこがイイトコでもあるんだけど,本来別人である訳者の前説や後書きは特に批判的読まないと変な刷り込みをされるので気をつけよう.何が言いたいかと言うと,著者の福澤諭吉を戦争反対の論客として想定したり,彼の自由平等の啓蒙から日本国憲法の護憲論を匂わせたりするのは,巻末の解説としてはちょっとやり過ぎだと思うよ,訳者の斎藤孝さん. :P